知識を自分のものにするということ-メルマガ人間論vol7-

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知識をつけるとは

知識をつけることは、

ものを覚えること
それを自分のものとして消化すること

この2種類があると思っている。ほとんどの人が、知識をつけるということは知らないことを学習して覚えることだと思っている。間違いではないのだが、完全に正解というわけでもない。それはどういうことか。

学校の教育

例えば学校の教育で考える。学校で教えられた知識というものは先人たちが膨大な時間と努力によって積み上げた結晶を学ぶということだ。

詰め込まされないと「微分」や「積分」など学習することはなかっただろう。こういった機会があることによって、いろいろなものに触れることができる。ここから数学者や物理学者になる子どもたちも生まれるかもしれない。

よって詰め込み教育というものの全てを反対はしているわけではない。

話を戻そう。このような行動はものを覚えているだけである。それだけでは知識をつけているとは言えない。

頼れる知識を得るために

本を読んだあとを思い出してもらいたい。おもしろい本や退屈な本など様々あるだろうが、読み終わったあとに生き方や考え方が変わった経験が何回あるだろうか。

おそらく2~3回あれば良い方だろう。1回もない人も多いはずだ。

良い本を読んで、内容を覚えているはずなのに自分に全く変化がない。これはその得た知識を自分のものとして消化できていないと考えている。自分のものにできていない本の内容は何も覚えていない。こうすれば良いと書かれていることを学んだだけで実際のフィールドでは活かせていないのだ。

人が言っていることをまねしているだけのような人間が周りにいるだろう。その人は、知識をもっているだけで自分のものにできていない。応用はできないし、同じ言葉でも人に伝わらない。うわっつらの言葉と心に伝わる言葉の違いはここにある。

本を読む
知らないことを知る

これだけのことで知識をつけたと思ってはいけない。得たものを自分の言葉で翻訳して自分の身体に吸収させ、さらにそこに自分が何を積み上げていけるかを考えるべきだ。そのためには多くの時間を使って自分の力で考える必要がある。そうやって得た知識は自分にとって頼れるものとなるに違いない。

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