与えられることは、大人になってからはない-メルマガ人間論vol17-

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教えられるのが当然

若い新入社員を見ていると、与えられることが当たり前であるかのように見えることがある。

自分の居場所
その組織での仕事のやり方
自分がするべき仕事
満足させるべき顧客
給料

これらは自動的に与えられるものではない。

社会に出て、待っていたら与えられるものなど一つも存在しないはずだ。その組織のやり方などは新入社員であるならば当然教えられるべきと思っているかもしれないが、当人が組織にとって有用であるならばという前提がついているのを忘れてはいけない。

会社にとって価値があるのであれば教えることによって戦力になり、周りの人間にも利益が生まれる。

教えても戦力にならない
もしくは
教えても理解できない人間には教える必要はないと考える。

会社は利益を生み出す個人を選抜して雇用し、労働に対して給料という対価を支払う。利益を生み出さないのであればそこに在籍する必要がない。

与えられ続けてきた結果

結果を残さないスポーツ選手がチームにいてはおかしいだろう。

プロとはそのような組織である。

仕事をして対価をもらっている以上、プロとして扱われる。

教えてもらって当たり前
最初はできなくて当たり前
責任をもつ仕事は自分にはない

このように考えている人間には教える価値もない。

学校教育で与えられることに慣れ過ぎて、さらに家庭でも親に与えられて育てられてきた人たち。このような人たちが顧客をつくりだして、会社に利益を生むとは思えない。

教育としつけを早急に見直す必要がある。

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