思いやりと自分を押し付けることは違う-メルマガ人間論vol25-

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思いやりの形

人への気遣いがよくできる人がいたとする。

もちろん、それはすばらしいことでこれからも続けるべきことである。思いやりをもって相手に接することは人間社会で必要不可欠だ。ただ、その思いやりに違和感を覚えることがある。

例えば、友達が遊びに来て夜遅くに帰ることになった。
自分は車を持っており、運転をすることができる。

となると思いやりがある人は車を運転して友達をおくってあげようとするだろう。そこまでは問題ない。そこでその友達が断ったらみなさんはどうするだろうか??

おそらくほとんどの人が「いやいや気をつかわなくていいよ。おくってあげるよ」ともう一度提案するだろう。それでもその友達は断ったとしたら??

ある一定の思いやりがある人は、それでもおくってあげようとする。

その行動は間違いではないのだが非常に違和感を覚える場合がある。それは、どう見てもその友達が遠慮している場合である。何らかの理由でその友達は自分一人で帰りたいのだろう。

一人の時間を楽しみたい
帰りに一人でどこかに寄りたい
だれかと待ち合わせをしている

いくらでも理由は思いつく。そんな友達を前に絶対に車でおくってあげようとする人がいる。思いやりとは相手のことを考えて行う行動である。このケースでは本当に相手のことを考えているだろうか。相手の立場でものを考えた時に上記の行動はおかしい気がしないだろうか。

状況から思いやりの形を考える

私は他県の友達のところに遊びに行く際、マンガ喫茶に泊まる。それは単に、相手の家で気をつかいたくないことと、マンガを読みたいという理由からだ。もちろん、友達は家に泊まっても良いと言ってくれる。しかし私はマンガ喫茶に行きたいのだ。そこで無理やり家に泊まらせようとされたら、私は意味がわからないと思ってしまう。

相手のことを本当に考えて、相手の立場にたって物事を考えることは非常に難しい。その場の状況にも大きく左右される。自分の意見を通すのではなく、その時々で何が最適なのかを常に考えるようにしなければならない。

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